らくだはお気楽
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085:うがい より

あっ、私、ジャム期に入った、たった今 うがいの届くあたりの喉が
ワンコ山田 (歩道を走る自転車のこども)

 「ジャム期」って!!
 短歌始めて、新しい言葉を創るのは私には無理とつくづく思う。センスがいるもんね。
 だから人様の歌を読む楽しみのひとつが、見たことない言葉との出会いである。(もちろん、昔からあって自分が知らない言葉は山ほどありますが^^;)
 「ジャム期」、かなり乙女度が高いんじゃないでしょうか。
 で、それ何?と思いながら、なんとなくわかる気がする。たとえば、その前はチョコ期だった、あるいはココア期もありか、とかそんな風に読んだわけです。
 「あっ、私、ジャム期に入った、たった今」という上の句のポップさが、なんとなく分かる感を助けているんだと思う。
 
 このお題は読み逃げがかなり多かったが、お気楽選歌は、最終的にはほとんどが普通のうがいの歌になった。
 ワンコさんの歌は、その意味で、普通のうがいなんだけど喉の位置の説明という、そこらへんもおもしろい。これまた絶妙に分かるもんね。確かに、うがいの届かないあたりの喉だと味覚から離れる感じがする。

2010/10/22  | trackback(0) | comment(2)


084:球 より

球体の失せたるマウス世の果ての回し車をからから駆ける
村本希理子 (きりころじっく2)  

 マウスのボールは盲点だったなぁ。
 もう、概ね光学式マウスに変わっていて、みんなも思いつかなかったんだろう。
 何ヶ月か前マウスの具合が悪くなり予備にとってあったボール式を引っ張り出してきて使っていたが、先日左クリックがおかしくなったので新しいのを買いに行った。処分品ワゴン、500円也。安くなったよねぇ。

 閑話休題。
 「世の果ての回し車」はワールドワイドウェブそのものの喩えだろう。どこにいてどこのサイトにアクセスしたところですべからく「世の果て」で、情報の集合体は所詮「回し車」で、ひとはねずみのごとく「からから駆ける」。なんともしょぼいネットの世界、という感じ。
 言葉と詠い方でこんな印象にもなるんだなぁ。

2010/10/22  | trackback(0) | comment(0)


083:名古屋 より

母と子と繰り言ゆるくかさねあう午後をおさめて解く名古屋帯
村上きわみ (北緯43度)

 なんとなく、名古屋帯だと普段着、と思い込んでいたが、名古屋帯・袋帯ともに礼装用、普段用があって、単純に幅と長さの違いらしい。(もちろん現代は、ということだろうが)
 ただ、「繰り言ゆるくかさねあう午後」は「ゆるく」という措辞がなんとなく気安い感じを出しているので、普通のお出かけで読むことにした。

 出先で、なにやら母と娘で揉めるようなことがあったが、「ゆるく」ということなのでけんかではない。
 さて、その内容や如何に?
 芝居とか映画とか展覧会とかが目的だったのに時間か日程をまちがえて見られなかった、とか。
 買い物で何か納得出来ないものを買った、とか。
 せっかく入ったレストランなりカフェなりが混んでいた上に不味かった、とか。
 もっと単純に、道を間違えたとか忘れ物をしたとか。
 いくらでもどんな想像でも可能。
 これで「ゆるく」の措辞がなかったら、母と娘だけにエグくなる。「ゆるく」だから歌になるんだなぁ。
 
 何にせよ、「おさめ」たわけだから、あとは夕飯の支度でもしながら、別の楽しかった話に移っていくのだろう。

2010/10/21  | trackback(0) | comment(0)


082:研 より

一穂の燭のほのほを研ぐごとく机上に闇はくだりきたりぬ
大辻隆弘 (大辻隆弘 題詠100首のために)  
 
 「一穂(いっすい)」は炎や煙を見立てて言う言葉だそうです。うーん、勉強になるねぇ^^;
 ろうそくで明かりを取っているからといって江戸時代とは限らず、今現在の書斎かもしれないし、外国のマホガニーのでーんとした机かもしれないんだけど、なんとなく文机とか書見台に向かって座っている武士が思い浮かんだ。
 ろうそくの灯が明るく感じられるくらい部屋内は暗くなっている。闇が「ほのほを研ぐ」という見方がとても文学的!と思ったのだった。闇の密度が濃い~感じがする。
 炎と闇のどちらを見るかが凡人(ワタシね^^;)と歌人の分かれ目なのかしらん。

2010/10/21  | trackback(0) | comment(0)


081:嵐 より


キッチンは嵐の中で暮れなずみ青いボウルにたゆたうトマト

中村成志 (はいほー通信 短歌編)  

 明るいのか暗いのかぱっとイメージ出来なかった。
 「嵐の中」なら薄暗くなっていそうだが、「暮れなずみ」はなかなか暮れない状態で、さて?
 「嵐の中」といっても雨風は止んでいて、空を雨雲が覆っているわりに西の空が明るいこともあるので、夕方なのにキッチンは暗くないのかも。
 とはいえ、そんな妙な明るさはひどく不安で、なんというか、全体に心もとなく鬱々した雰囲気がある。ボールの青もトマトの赤も、この鬱々を晴らしてくれない。ひどく宙ぶらりんな感覚がして、そこがいいなぁと思った。

2010/10/21  | trackback(0) | comment(0)


080:Lサイズ より

 今回は久々にコラボ。

Lサイズの絶望をかう『沈痛な肌触りです。現品限り』
やすまる (やすまる)  

 まず、絶望にサイズを設定するのが可笑しい。そしてLサイズなのに買うのが可笑しい。
 さらに「沈痛な肌触り」でダメ押しに「現品限り」。
 最高です。
 この歌は、暗い歌ではなくて、不幸ではない現状だから、冗談のように「Lサイズの絶望」とやらを買ってみる気になった、と受け取った。このキャッチコピーはそそられるもんね^^; わたしはいつでも「現品限り」には弱かったりしますが^^;、「沈痛な肌触り」はちょっと触ってみたい気がする。
 あるいは、暗い歌と読むなら、泣きたいから現状よりさらにズンドコになるために買う、か。
 読む人それぞれ。

幸せのLLサイズ在庫ありお買い得です店主敬白
八朔 (I am still here.)

 こっちは幸せで、さらにLLサイズ。
 売り物が単に「幸せ」と読むのが普通だが、店主本人がLLサイズ(^^;)で、わたし売れ残りですがお買い得でっせ、とも読める。
 その場合は――うーん……微妙(おいっ^^;
 
 このお題で洋服やポテトじゃないだけで、もうスゴイなぁと思いましたです。

2010/10/19  | trackback(0) | comment(0)


079:児 より

見返りを求めないとはこのことか嬰児を抱く腕の重さよ
わたつみいさな。 (乱切りくじら) (現在 「あした、たとえば雨でいいから」)  

 神々しいような聖母の図でありながら、「このことか」という本音。ちょっと笑える。
 聞いてはいたけどホントに重いじゃん!
 見返りは求めなくても、全然苦痛じゃなくても、重いもんは重い!腕はだるい。
 でも、「嬰児を抱く腕の重さよ」には誇らしい輝く笑顔がある。
 母はエライ!

2010/10/19  | trackback(0) | comment(0)


078:合図より

もうあてにしないで欲しいわかりやすいきみの合図をわざと見逃す
みち。 (暴走シンドローム。) (現在「滑空アルペジオ。」)  

 綾倉さんのツンデレ歌(^^;)も捨てがたかったが、一首選はこれに決定。
 そういえば、読み逃げでなく「合図」で詠んだ歌で、見逃しってなかったなぁ。「気づかなかった」意味の見逃しはあったけど、この歌は「わざと」だから意味合いが違う。
 
 当てにするなという「きみの合図」は、助けての類なのか、愛しての類なのか。
 日常生活のヒトコマという読み方をすれば、ちょっと手伝え、という合図に、やだ、うざってぇと拒否反応、てなささやかさになるが、恋人同士の場合は難しい。
 「もう当てにしないで欲しい」というと、気持ちに愛を感じられない。破局の近いふたりの、片方だけがまだ「わかりやすい合図」を送っている。
 うーん、恋人同士なら、何がぴったりくるかなぁ……「金貸せ」じゃ色気なさ過ぎだし(おぃ
 病気だから仕事休んで看病しろ――イマイチ
 
 もうちょっと深刻な関係性を想像すると、「きみ」は主体が冷めかけているのに気づいて引きとめようと必死になっている。で、死んでやると脅しをかけているというのはどうだろう?何度かは主体も放っておけず駆けつけたりしたが、もういい加減うんざり、という心理。(少女漫画によくあるパターンですか、そうですか……スイマセン)
 この場合、一昔前なら「きみ」が女で決定だったけど、今どきはどっちもあり、むしろダメンズの方がピッタリきたりして^^;

2010/10/12  | trackback(0) | comment(0)


077:横 より

横のもの縦にもしないが裏返すくらいのことはしてみるかもね
やましろひでゆき (短歌とか短歌とか短歌とか)

 こ~の、あまのじゃくっ!
 こういうひとはからめ手から攻めましょう^^;
 じゃなくて。
 歌そのものが「からめ手」やがね。
 笑ってしまったのでいただきます。

2010/10/12  | trackback(0) | comment(0)


076:ジャンプ より

ジャンプするうしろすがたを見るために風はうごきをとめております
斉藤そよ (photover) (cap verses そよ日暮らし

 陸上競技では、追い風が強すぎると参考記録になってしまう。
 風も「うごきをとめて」応援している、わけです。
 息をとめて祈るように見守っているんだろう。下の句から、期待一杯の気持ちが伝わる。あんまり心配している感じはしない。
 「風」が見守っている、というふんわりした感じ、でも一瞬の緊張感も持っているところが好き。
  
 陸上競技とは限らない歌だけど、他のジャンプのシーンが浮かばないのだった……(オソマツ^^;)

2010/10/12  | trackback(0) | comment(0)


075:量 より

今やもう迷ふことなき目分量当りはずれを家族に饗す
泉 (つれづれ亭)

 ほのぼのしあわせ。思わず笑顔になってしまう。
 
 主婦の料理が目分量なのは当然として、「当たりはずれを家族に饗す」、よく言えばおおらかだが、つまりは大ざっぱ^^;
 主婦の目分量という時はたいがい、適量を分かっていて間違えない(=おいしい)という意味合いで使うと思うんだけど、この歌は、まぁご本人の謙遜も含まれているだろうが、「はずれ」もあるという正直さが微笑ましい。
 迷わない目分量ではずれがあるってことは……?
 いいの、いいの。主婦だって間違えることもあるわよ。忙しいんだからっ!
 この歌のようにお母さんがおおらかで朗らかなら家族は安泰ってもんです。

2010/10/07  | trackback(0) | comment(0)


074:銀行 より

銀行に静かに漂う諦めを吸って育ったパキラ…でかいな
イツキ (FINE DAYS)

 「銀行に静かに漂う諦め」というと客のため息を連想する。
 そうか、浮かない顔の客が吐き出すため息は、パキラにとっては二酸化炭素で、どんどん吸ってそして「……でかいな」。
 他の場所よりため息が多いんだろうか。
 でも、なんか健全な森の木に比べると病気になってそうで心配。同じ二酸化炭素でも食中毒起こしそう。(おいっ^^;)

2010/10/07  | trackback(0) | comment(0)


073:寄 より

寄せて上げ寄せては上げる(繰り返し)寄せて上げる(が見せてあげないっ)
岡本雅哉 (なまじっか…)

 一首選はお笑い系で^^;
 「(繰り返し)」っていうのがばかばかしくていい。
 本と違って、ウェブではどうしたって横書きだし、パソコンのフォントだし、というわけで、表記も逆手に取って歌の一部を担わせるのはもう今どき当たり前。
 第三句の括弧はト書きで、結句は心の声、って言うのも面白い。「っ」がまたそれなりに^^;
 文字(記号含む)のちからってスゴイなぁ。

 あ、それにしても、「寄せて上げて」で万人に通じちゃうのもスゴイね。
 こっちは、どこぞの下着メーカーのチカラのスゴさか^^;
 

2010/10/07  | trackback(0) | comment(0)


072:緑 より

葉緑素なんか持たない人の身で光合成と洒落込む二人
南 葦太 (「謙虚」という字を書けぬほど)

とても健やかなふたり。
「洒落込む」がいい。冗談口調の笑顔が見える。
葉緑素はなくても、日光浴するとなんか栄養分が増える気がする。
青い芝生に寝転がって空を見上げて伸びをする、なんていいよね。
植物の光合成とは逆に(^^;)酸素を一杯吸い込んで、こころもからだも脳みそも思い切り開放しよう。

2010/09/23  | trackback(0) | comment(0)


071:メール より

出逢い系メールを見れば興味引くものもありたり慌てて消しぬ
西中眞二郎 (しなやかに、したたかに、無責任に・・・西中眞二郎雑記帳)

 えー、通常、選歌の際、作者は考慮しないのだが、今回はちょっと例外ということで。
 男性なら(あ、近頃は女もターゲットになってますね)、ままある心理状態、かもしれないが、毎年題詠百人一首を編まれる西中さんの歌、というのが今回のポイント。
 (もちろん必ずしも作中主体が作者本人とは限りませんが)とても真面目な方、という印象なので意外な感じが面白かった。
 「慌てて消」さない人もきっといるんだろうな、と思った次第。

 数撃ちゃ当たるで、やっぱりスパムがなくならないわけですな。

2010/09/19  | trackback(0) | comment(0)


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