らくだはお気楽
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085:訛 より

活字にても訛は消せず青森の林檎の枝を揺さぶりやまず
野州 (易熱易冷~ねっしやすくさめやすく、短歌編)

 寺山修司へのオマージュとして読んだ。

 林檎の木ゆさぶりやまず逢いたきとき   寺山修司


 寺山の俳句はどこかしら「寺山!」と思う。。それこそが個性なんだろう。
 作者は、その隠せない個性を、やはり隠せなかった青森訛りに被せて、活字になっても寺山の俳句(或いは短歌)には青森訛り(=寺山!)が感じられる、と言っているのだと思う。
 
 俳句でも短歌でも、寺山修司がきっかけで始めた人は多い。特に、短歌をやっていて寺山の短歌をひとつも知らない人っていない気がする。それがずっと続いている。すごい人だ。
 作者も、少なからず寺山にインスパイアされたのではないだろうか。
 
 (ワタクシは、俳句より短歌より先に競馬でした、テヘ^^;) 

2012/03/17  | trackback(0) | comment(0)


084:千 より

きびきびと千鳥格子のスカートがやってきてわたしをたしなめる
村上きわみ (北緯43度)

 昨今では「千鳥格子のスカート」ってOLでも着なくなったんじゃない?
 「きびきびと」やってきて主体を「たしなめる」、女子高の生活指導教師といったところか。
 多分「千鳥格子のスカート」はお固いイメージなんだと思う。(それもちょっと残念な話ではあるが)

 あるいは。
 単に固いだけでなくて、育ちのよろしい厳格さ、みたいな。
 まったく見ず知らずなのに、「千鳥格子」には有り得ないことを「たしなめる」。例えば見せブラが見えてる、といった、主体にとっては大きなお世話的な内容など。
 
 内容によっては、ワタシも「千鳥格子」に軍配を上げると思うけどね。電車内の化粧とかチューとかパンツ見えるとか(^^;
 つか、「千鳥格子のスカート」が20代前半の若い女性かもしれないと思えないことがまず、ヒジョーに残念である。(アパレル的に)

2012/03/17  | trackback(0) | comment(0)


083:孤独 より

贅沢をかみしめているこたつむり孤独は暖かくても孤独
壬生キヨム (ぼくはこんなことが好き。)

 暖かい孤独、とは意表をつく言い方。なんとなし、孤独≒寂しい≒寒いという先入観があったんだなぁと思う。
 さらに、「贅沢をかみしめている」。
 なんでしょう、こたつで豪勢なおせちかなんか食べてるとか?今どきはお一人様だって、何でもお取り寄せOKだし。
 
 美味しいもの食べても、暖かい部屋にいても「孤独」。
 「贅沢をかみしめている」というのが、主体の「孤独」なんて大したことない(と主体は思っている)、ように感じられる。謙虚と言えば謙虚。
 それでも「孤独」と言わずにいられない、寂しさなのかなぁ、と思った。

2012/03/05  | trackback(0) | comment(0)


082:弾 より

弾む胸!(ウキウキとした状態の表現でありAカップも可)
じゃこ (むしことば)

 巨乳に対して貧乳なんて言葉も流行りましたが。
 主体はAカップなんですね。(多分……^^;
 わざわざ「Aカップも可」というからには、言わないとAカップは不可になってしまうかもしれない(と主体が思っている)からだろう。
 つまり。
 物理的には、Aカップは弾まないと言いたいわけね。

 「!」や「ウキウキ」という表現のせいか、あまり卑屈な感じがしないのもいい。べつに主体は「Aカップ」の自分を哀れんでいるわけでも卑下している訳でもなく、単なる言葉の矛盾を楽しんでいるのだろう。
 なんたって、「弾む胸!」と言いたくなるようなことがあったに違いないんだから。
 
 あ!
 主体が男だと、ちょっとイジワルな目線、ということになるか。
 ……ま、いいや。(おぃ

2012/03/05  | trackback(0) | comment(0)


081:シェフ より

「本日のおすすめ」を乗せて白く光るシェフ見習いが洗ったお皿
豆野ふく (それゆけ!だいふくもち)

 このお題は皆さん苦しんだようだ。
 その中で、ひねりのきいたこの歌を一首選に。
 
 いいじゃないですか、「シェフ見習いが洗ったお皿」。
 ふふ、主役がシェフでも料理でもないのに、ちゃんとシェフも料理も存在しているところもすてき。

2012/02/24  | trackback(0) | comment(0)


080:夜 より

忘れたき名を深酒の野に捨てて白河夜船の水面に出づる
ミナカミモト (Mercurous virgin Blog)

 平たく言えば、酒かっ食らってへべれけで忘れたい相手をなじり倒した挙句、熟睡、ですね。(ミもフタもない言い方^^;
 ええ、この身も蓋もない内容を「潤いも含みも(※Yahoo辞書より)」ある言葉で詠んでいるところがすてき。
 「白河夜船の水面に出づる」、いいわ~! 眠りに落ちていくのに、「水面に出づる」という表現もおもしろいなぁと思う。夢の中で目覚めたみたいにも読める。
 自棄酒で悪酔いしているんだろうけど、「忘れたき名を」「捨てて」いるところが、とりあえず前向きでいい。
 
 ところで、白河夜船は知ったかぶりの意味もあるので、忘れたふりをしている、と読むこともできる。さらに「忘れたき」は忘れられない、でもある。けど、「深酒の野」を過ぎたあとはやっぱり、酔いつぶれて欲しい。酔っても酔っても忘れられなかったとしても、「捨て」たことが大事なのだ。
 
 例によって(え?)、中島みゆきの「タクシー・ドライバー」を思い浮かべたです。

2012/02/17  | trackback(0) | comment(0)


079:第 より

女子だけがどこかに消えて教室のカーテン孕む第二次性徴
bubbles-goto (DRIBBLe HoUR)

 こういう時期がありましたねぇ。
 そうか、第二次性徴といったか。もう忘れてるよ。
 
 主体は男子で、「どこかに消え」た女子のイメージとして「教室のカーテン」が風をはらんでふわっとふくらむ。「孕む」という文字も、わざわざそういう意味をもたせたということだろう。
 
 同性は恥ずかしさを共有できるのかなぁ。図解説明の場に異性がいたら、キャーキャー言うどころじゃない気がする。

 なんで子供の頃はあれしきのことが恥ずかしかったんだろうと思うようなことを、ひたすら恥ずかしく感じていた時期。まして、あの手の図解説明、である。(いまでもちと恥ずかしいかも^^;

 午後の明るい日差しのさす教室、ふわっとカーテンをゆらす風、いまいち真剣になれない主体の、ぼんやり外にやった目線、そんな、明るくてけだるくて、でもやっぱ若い!というこの歌の雰囲気がすき。

2012/02/17  | trackback(0) | comment(0)


078:指紋 より

ちょっとだけ意識してみて ほんとうはベースの音は指紋で弾くの
氷吹郎女 (空蝉乃歌屑)

 すごいね、指紋で弾く、か。
 もちろん、経験もないのでピンと来ないにしても、想像の余地はある。具体的な技術ではなくイメージさせる言葉の方が力を発揮することがあるんじゃないだろうか。

 アーティスティックな分野の後進の指導の際に、コツというか秘訣というかそういうものを伝えるのは難しいと思う。物理的に体を使うことでも、その使い方の感覚はあくまで個人のものなので、言葉にする端からいくらかずつ伝わらずにこぼれてしまうものがある。
 
 これはもう、教えてもらう後輩が必死に感じ取るしかないのよね。
 だから、教え方の上手い下手、というのも出てくるんだと思う。
 「ちょっとだけ意識してみて」という言い方も、「指紋で弾く」という表現も、アーティストとしてとても柔らかいものを持った人だなぁと感じた。

2012/02/12  | trackback(0) | comment(0)


077:対 より

永遠にたどりつけない対岸の駅となりたりすみれ一群れ
青山みのり (わざとじゃないもん!)

 「対岸の駅」はやっぱり彼岸を思わせる。
 いつか追いつきたいと思っていたライバル、いつか想いを伝えたいと思っていた相手、そういうかけがえのない人を喪った歌というふうに読んだ。
 すみれは喪った人にちなんだ花かもしれないし、行きたいのにいけない場所へのあこがれというメタファーをすみれに託したのかもしれない。
 
 単なる彼岸であれば主体も死後たどり着く場所ということになるが、勝負したかった、或いは愛を交わしたかったという望みはあの世で叶えるものではないし、多分、あの世で待っているような関係でもないのだと思う。

2012/02/12  | trackback(0) | comment(0)


076:スーパー より

砂を吐くしじみ深夜のスーパーで(ラップを押して伸びるかいわれ)
市川周 (ミルミルを飲みながら)  

 わはは、ナイトミュージアムか!
 しじみもかいわれも生きているということですね。
 普通は収穫した時点で殺生だけど、かいわれはスポンジに種蒔いて伸びたものだし、スポンジにはちゃんと水を含ませてあるから、そりゃもう(ラップを押して伸びる)ですよ。しじみの場合は、水に入っていれば生きてるよね。最近は水なしでトレーに入れて売られているのしか見ないが、多分鮮魚部門のしっかりした店ならネット入りが水桶の中に浸かっているんじゃない?

 24時間営業が増えているが、この「深夜のスーパー」はやっぱり閉店後でないと面白くない。
 

2012/02/11  | trackback(0) | comment(0)


075:微 より

陽光の 溢れる教室 微笑んだ 君に恋して もうすぐ一年
秋篠 (ときめき捕獲日記:その2。)

 青春やのぅ、というこの歌を一首選に。
 常に分かち書きの人なのかと思ってブログを訪ねたら、そういうわけでもないらしい。
 基本的には分かち書きは好きでないのと、この歌に関しては意味を成さないと思うので、脳内では以下のように変換させて頂きました。

 陽光の溢れる教室 微笑んだ君に恋してもうすぐ一年
 
「陽光の溢れる教室」の時制が微妙だが、一年前も今も、ということなのだろう。これはやっぱり春よねぇ。つまり、新学期、もっといえば新入学、かな。すべてが始まる季節、まぁ新緑の5月頃まで。
 で、「君に恋してもうすぐ一年」ということは、一切発展していないのだ。告白もせずひたすら片思いで、いまも微笑む君を見ているだけ。
 でもねぇ、10代の恋はそこがいい、とも言えるのよ。「恋に恋する」時期でもあるし。
 
 光あふれる教室と、君も主体も笑顔という、この歌の明るいイメージがとても好き。

2012/02/11  | trackback(0) | comment(0)


074:あとがき より

校庭の土も埃もしづめゆく九月の雨は夏のあとがき
鮎美 (Basso Continuo) (現在 「Continuo」)

 いちばん美しいと思った「あとがき」を一首選に。
 「九月の雨は夏のあとがき」、すてき。
 
 「校庭の土も埃もしづめゆく」のと同時に、夏の間の主体の高ぶった思いや、あるいは終わったのかも知れない恋なども静めていくのだろう。「九月の雨」によって主体の夏も、夏の間の出来事も終わったのだ、としみじみ思っている、そんな切なさ。
 そして今度は、秋が始まる。

 風景をさらっと詠んだだけなので、逆にそういう感傷を感じるのかもしれない。もちろん、「あとがき」という措辞には景色以上の含みがあるわけだが、それでも、ぐだぐだ心持ちを述べるより、こういう方が訴える力があるということだろう。
(自戒を込めて、メモメモ。といいつつ、作る時はとんじゃってるんだよね……^^;)

2012/02/11  | trackback(0) | comment(0)


073:弁 より

弁当とポットを持つて雲に乗る夏のあなたに会ひたくなくて
新井蜜 (暗黒星雲)

 一瞬「会ひたくなつて」かと思った。
 雲に乗って夏の間「あなた」のいないところへ行く、のか。
 「夏のあなた」か。なんだろう。
 
 ……汗臭いから嫌とか。(おぃ
 
 もとい。
 本当は会いたくてたまらないけど、「夏のあなた」は特に、会ったら最後「惚れてまうやろー」なかっこ良さだから会いたくない、みたいな。なんか、そういう天邪鬼っぽい感じがした。
 あと、彼には彼女がいて、夏は二人が一緒にいるから見たくないとか。
 
 恋心は色々、として、弁当持って乗れる雲があったらいいよね。
 夏空なら、「あなた」なんてうっちゃって絶海の孤島あたりまで飛んでいくよ。
 まぁ……「雲に乗る」とは言っても、どこかに連れていってもらうと言っているわけじゃないのよねぇ。ただ乗るだけだと、昼寝ぐらいしか出来んのぅ。
 (またしても、恋心が台無し。どうもスミマセン^^;)

2012/02/09  | trackback(0) | comment(2)


072:コップ より

《落としても割れないコップ》の疎ましさドライジンジャーらっぱ飲みする
梅田啓子 (今日のうた)

 よく知られているのはデュラレックスだが、あれも稀に割れるのよね。そして割れるとなったら、車のフロントガラスみたいな粉々。
 色気ない。けど、日常生活には重宝。そういうところが「疎まし」く感じる時があるもんです。
 たとえば――むしゃくしゃして皿の一枚、コップの一つも叩き割ってやりたい時、壁にぶつけても割れないんじゃ、イライラもいや増すじゃないのっ! 割れなかったコップをわざわざ拾って洗って注いだりしないっつーの。
 そりゃもう、「ドライジンジャーらっぱ飲み」ですよ。

 ところで、ドライジンジャーで検索すると乾燥生姜ばっかりでおろ?と思った。
 ジンジャーエールの辛口くらいに読んだが、念のため検索してみたら、飲み比べのレポートを発見。

 GIGAZINE より
 
 ウィルキンソンの場合、「ドライ」だとソフトな甘口らしい。あら、恥ずかしい^^;
 なるほど、ハードなブリティッシュの方では「らっぱ飲み」は無理かもしれん。(もちろん人によりますが)

 ・ウィルキンソン ドライジンジャエール
 ・カナダドライ ジンジャーエール

 ところで×2、こんなのも発見。
 
 トライタン

 合成樹脂ですって。割れないワイングラスなんて「疎ましさ」どころか!
 色気ないにも程がある。

2012/02/06  | trackback(0) | comment(2)


071:褪 より

紫陽花に色の濃き群れ淡きむれありて等しく褪せてゆきたり
鮎美 (Basso Continuo) (現在「Continuo」)

 あじさいは同じ株でも花に濃淡がある。ましていくつもの株が群れになっていれば、「濃き群れ淡きむれ」ということになるだろう。一斉に咲くわけじゃなく前後しているから濃くなっていくのも時差があると思うが、なんとなく花のピークというのがあるような気がする。ピークを過ぎると濃くなりきっていないものも「等しく褪せて」いくのかなぁ、とそんなふうに読んだ。
 実際は、同じ株でもやっぱり先に咲いたものは先に枯れ始めたと思ったが、あじさいは枯れても散らないので、セピアのように枯れたものが混ざると、まだ色味のある花まで褪せて見えるということかもしれない。そういう意味で、最初の花が枯れる前がピークなのかも。
 あじさいの名所のお寺などは、見苦しくならないよう枯れた花房はその都度摘むんじゃないかな。

追記
 鳥羽さんの「一首を切り裂く」 を読んで、あ、そうかと思いました。(鈍いね、どーも^^;

2012/02/06  | trackback(0) | comment(2)


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