らくだはお気楽
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100:おやすみ より

おやすみとつい声掛けて亡妻の居ぬ空間を見詰むしばらく
船坂圭之介 (kei's anex room)  

 読んだ瞬間に、じんときた。
 亡くなったのが必ずしも最近とは限らない。何ヶ月、何年と経って、頭で分かっていても「つい」。
 結句の「見詰むしばらく」が、そんな自分に呆然とし、「亡妻の居ぬ空間」に呆然として、一瞬時間が止まったような感じを出している。
 愛だなぁ。

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2010/11/13  | trackback(0) | comment(0)


099:勇 より

幻の一人称をくくり上げ重きに抗う勇魚(いさな)獲り綱
井関広志 (はじめの家)

 「幻の一人称」だもんで、素直に鯨と読まずにあれこれ妄想してしまった。
 今は使わない「一人称」は沢山あるが、「勇魚獲り綱」が「重きに抗う」ようなもの……と考えているうちに、一つだけ思いついたのが「朕」。ただ、終戦の玉音放送を思い浮かべるこの言葉は、「幻」とはちょっとちがうような。それに、「くくり上げ」という言葉が「朕」には不敬という気がする。

 ということで。やっぱり鯨で読みましょう。(おぃ^^;
 さて、「幻」の訴える意味は勇魚漁讃歌か、反捕鯨歌か。
 絶滅危惧種の鯨、という意味だと思うが、それでも即反捕鯨とは限らないしなぁ。今は「幻」となった鯨を捕っていた「古き良き時代」ということなのか。
 ……分からん。(だめじゃーん!
 つーか、鯨だとしてなんで「一人称」?でもこの歌は、この措辞がすべてなんだよなぁ。「幻のニタリクジラをくくり上げ」とかだったら、ふーん、で終わりだもん。妄想させた時点で作者の勝ち。

2010/11/13  | trackback(0) | comment(0)


098:地下 より

地下街を行きかう人の影薄くたまさか人でない影も見ゆ
佐山みはる (月待ち人の窓辺)

 いや~っ!見えるの~! 第2弾。(おぃ^^; (ちなみに第1弾はこれ
 地下街は必ず明るいから、なんとなく「人でない影」は縁がない気がしていた。
 そうか、「行きかう人の影」が薄いから、暗闇でなくそれにまぎれようとしてくっついてくるのか。(え
 自分の影を確かめるのが怖くなる……
 
 えー、いまさら犬や猫ってのはなしね^^;

2010/11/13  | trackback(0) | comment(0)


097:訴 より

なにごとのありて水槽出でたるや あはれ直訴の沼海老は干(ひ)ぬ
本田鈴雨 (鈴雨日記)

 いろんな訴の歌の中で、一見大仰でものすごくくだらない「直訴」のこの歌を一首選に。
 
 上の句の大仰さのあと「あはれ」と続くところが可笑しい。
 まったくねぇ、おとなしく水槽に居ればいいものを、何が「直訴」!
 ちょっと飛び跳ねたら外に出ちゃったんでしょ^^;直訴があって水槽を出たんじゃなくて、出ちゃったから戻して、という「直訴」だったりして^^;
 まぁ、「釣りの餌にする」ものらしいから、いやーっ喰われたくない!という直訴だったのか。でも魚屋やら釣具屋じゃなきゃ鑑賞用なんだけどねぇ。喰われる恐怖を感じたのかしらん。
 結局「干ぬ」という「あはれ」な結末でありました。
 
 水槽の外で干からびた沼海老からこういう発想が出てくるところが、羨ましくもすてきだ。

2010/11/13  | trackback(0) | comment(0)


096:複 より

夕暮れの空をぱたぱた複葉機飛んで往きしを児らが追ひたる
野州 (易熱易冷~ねっしやすくさめやすく、短歌編)

 いい景だなぁ。
 まず時刻が「夕暮れ」なのがいい。晴れて少し夕焼けっぽく赤くなった空に複葉機。子どもでなくてもつい見上げてしまう。
 「ぱたぱた」という音もまたいい。なんとなく機械というより生き物めいて冷たく感じない。そんな風であれば「児らが追ひたる」のも当然で、わ~っと言いながら飛行機の下を走るのだ。
 多分近くから飛び立ったばかり、じゃないかな。背の低い子どもでも、他の飛行機より低めに飛ぶところに手が届くような気がするのじゃないだろうか。あまり危険な感じがしないし。
 さて、季節はいつが似合うかなぁ。夏の夕焼け空より「天高し」の秋がいいかな。

2010/11/13  | trackback(0) | comment(0)


095:しっぽ より

ことばにもしっぽはあつて赤蜻蛉(あかあきつ)空へ放てば「サヨナラ」 といふ
冬鳥 (ことのはうた)

 「ことばにもしっぽはあつて」で、「ことば」がするっとすり抜けて逃げてしまう瞬間を見たような感じがする。
 ひょいと捕まえた赤蜻蛉を空へ放ったときに「「サヨナラ」といふ」、その「サヨナラ」という言葉にしっぽが見えた。しっぽはいろんな表情を見せるが、「サヨナラ」だけにちょっと余韻が残る感じ。
 とんぼのまっすぐな胴のイメージと「しっぽ」のイメージが重なって、飛行機雲のような残像が少しだけ見える気がした。
 
 しっぽのある言葉を発する時は、やっぱりつかまえて欲しいという心持ちじゃないかと思うが、そうすると「赤蜻蛉」は主体のメタファーになるんだろうか。「サヨナラ」と言ったのはどちらか。そこらへんが今ひとつピンと来なかった。

 やっぱり、メタファーは止めて、赤蜻蛉のことばにしておこう。(おぃ^^;

2010/11/06  | trackback(0) | comment(0)


094:沈黙 より

沈黙が言い訳よりも雄弁で赦す言葉も出ないドライブ
美木 (ヒネモスアフタヌーン2)  

 沈黙は、相手に考えさせるから確かに「雄弁」である。
 言い訳すれば「赦す」つもりだったのに、「沈黙」されて「言葉も出ない」。
 主体は、嘘でもいいからくだらない言い訳のひとつも言って欲しかったのだ、「赦す」ために。ということは、沈黙を投げかけた相手は主体の「赦す言葉」を拒否している、のだろうか。それとも単に、言い訳すると立場が悪くなるから黙っておこう、という腹積もりなんだろうか。
 後者だと、女心は難しい、と言ってやってもいいが、気持ちが通じないんだから先行き不安である。「言葉も出ない」現状をさらに誤解してややこしいことになりかねない。
 前者は……もう、破局しかない。
 主体は「赦す」つもりだったのだ。多分それを察しての「沈黙」であれば、こんなきっぱりした拒絶はない。
 ドライブの終わる場面を見たくない、かといってこの沈黙が続くのも勘弁、という気まずい景である。

2010/11/06  | trackback(0) | comment(0)


093:周 より

ネクタイを緩めるだけで周辺の風景は色を変えてゆくなり
井関広志 (はじめの家)

 特に男の人はそうなんだろうなぁ。「ひらがな」のお題の男女対比のコラボを思い出した。
 ネクタイを締めている間の男はパブリックで、緩めたときはプライベートタイム、という単純な読み方。
 仕事で回るときに見るものと、もし同じ道を休日に散歩で通ったときに見えるものは多分別ものな気がする。ものが変わるわけじゃない風景の、色が変わる、という。その感覚が好き。
 実際、緩めることで体の緊張も緩むからね。家へ帰るまで上着もシャツも脱げないけど、ネクタイ緩めればもう公のオレは終わり!あ~楽チン、そんなホッとした感じがして、いい。
 私のオレになった途端、赤ちょうちんが目に入って来たりして^^;

2010/11/06  | trackback(0) | comment(0)


092:生い立ち より

リリーさんマリーさんにも人並みの生い立ちはあり紫煙の彼方
史之春風 (はちぶんめblog)  

 難しかったお題の割に豊作で(^^)一首選ヒジョーに迷ったが、結句が決め手となりました。

 「リリーさんマリーさん」なら普通のスナックのおねいさんではなくて、ゲイバーだろう。わざわざ「人並みの」と念を押すからには人並みでない人たちなのだ。つまり、まず見てくれね^^; 今時モデル並ニューハーフではなく、時間と共に髭もこくなるイカツイ骨格のおねいさんたち(おぃ^^;
 でも、この歌は目線がやさしい感じがする。
 暗にモロモロは人並みでないと言いつつ「人並みの生い立ちはあり」と言うことで、今に到るまでの紆余曲折を思わせる。なんとなく苦労したんだろうなぁなんて思ってしまうが、そんなことも「紫煙の彼方」なのだ。
 「リリーさんマリーさん」はきっと同情なんてされたくないだろう。だから「紫煙の彼方」。
 そんな昔のことは忘れちゃったわよ~(バシッ)と背中を張られておしまいなのだ。
 ま、中には、嬉し恥ずかしでしゃべりまくる場合もあるかもしれんが……(え

2010/11/03  | trackback(0) | comment(0)


091:渇 より

荒るる酒飲みつぐ夜はこめかみの奥の渇きを舌先に載す
井関広志 (はじめの家)

 あら~自棄酒ですか。
 最初は仕事関係かなと思ったが、仕事だと大声で喚いていそうだし。この歌はなんとなくむっつり黙って荒れているようなので、やっぱり失恋で読むことにした。
 目をつぶると「こめかみの奥」あたりに浮かんでくる女性。他の男との結婚が決まったと知ったのかもしれない。なんとなく主体は相手の女性に告白していなそうなので、片思いの失恋である。
 「こめかみの奥の渇きを舌先に載す」は、ほんとは飲みたいわけでもない酒を飲むための口実として渇きを引っ張り出している、のであり、その「渇き」は彼女そのものだから、これまでの思い出(例えばあいさつしたときの笑顔とか)を反芻して未練に浸っている、のでもある。そして反芻するほど渇きはいや増して、また「荒るる酒飲みつぐ」わけである。

 飲まなきゃやってらんない夜もある。
 未練、というより、すこしばかりの後悔なのかもしれないなぁ。

2010/11/03  | trackback(0) | comment(0)


090:メダル より

新宿の明るさ過ぎたる道の端踏まれ続けるメダル一枚
小早川忠義 (ただよし)

 スロットゲームのメダルだろう、一枚道端に落ちていて、誰に顧みられもせず「踏まれ続ける」。
 新宿なのに「明るさ過ぎたる道」ということは、ちょっと脇へ入った細い道とか、大分繁華なところから外れた辺り、とかで、そうなると「新宿」だけに色気もそっけもない、むしろ薄ら汚れた感じがする。
 そんな場所のそんなメダルのように……という比喩も含むのだろう。
 ……うーん、やっぱり、ストレス発散してください^^;

2010/10/31  | trackback(0) | comment(0)


089:滅 より

「この電池減ってないよ」と怠そうに君はマイナス舐めながら言う
蓮池尚秋 (ハスタンカ☆ブログ) 

 きゃー、ふしぎちゃん!
 電池を舐めて残量を確認できるって、どんな舌やねん^^;
 いたら便利だけど(おぃ
 それに、なんとなく、舐めるならプラスの出っ張り、という感じがするのに、マイナスの方だし。
 こんな楽しい発想ができる蓮池さんはすてきだ。
 (本当にこんな彼女がいる、とか言わないように^^;)

2010/10/31  | trackback(0) | comment(0)


088:錯 より

あしあととゆめが交錯する空をわたってわたしへかえる明け方
やすまる (やすまる)  
 
 夢と現の境い目の明け方。
 「わたしへかえる」という言い方が、とても夢うつつの中にいる雰囲気。夢のなかではわたしではない私は大空を自由に飛んでいるのかもしれない。「あしあと」は、うつつから入ってきたときの「わたし」の道筋、のようなものか。大空を飛んでいても、もどる時が来たらちゃんともどる道が現れるのだろう。
 どこか、「わたしへかえ」りたくなさそうな、気がする。単に眠くて起きるのが嫌、とかではなく、ずっと夢の世界にいられればいいのに、という気持ちなのだろう。
 でも、帰ってこられなくなったらそれはそれで困ったことになると思うので、ちゃんと目を覚ましてください^^;
 
 なんとなく、「精霊の守り人」のサグとナユグを連想した。

2010/10/31  | trackback(0) | comment(0)


087:天使 より

札束を焼く熾天使の羽根としてカウンタックの扉はあがる
沼尻つた子 (つたいあるけ) 

 うひゃー、スゴイ喩え。
 ぜったいこのカウンタックは赤ですね。
 まいどモノを知らないお気楽堂^^;、念のため調べました。

熾天使
偽ディオニシウス・アレオパギタが定めた天使の九階級のうち最上とされている。三対六枚の翼を持ち、2つで頭を、2つで体を隠し、残り2つの翼ではばたく。神への愛と情熱で体が燃えているため、熾(燃える、などの意)天使といわれる。 (以上 ウィキペディアより)


 うーむ、ミカエルだのガブリエルだのの大天使よりはるかにエライさんなのね。
 しかも翼が六枚もある!!
 知らなかった。はー、調べてみるもんだ。(おぃ

 分かったところで^^;この歌。
 カウンタックに乗る人ってのはちょっとばかり普通と違う人と思うんですが。
 なんたって、走るそばから「札束を焼く」ような車だし。
 体が燃えているのを車そのものの喩えとしたんだろうが、「札束を焼く」天使ってなんか不釣合い、と最初は思った。ただ、金持ちの道楽的なところを皮肉った意味合いもあるんだろうと考えたときに、世俗そのものとしての「札束」を焼く、からこそ天使、とも読めるなぁと思い直した。金の亡者ならこんな車に乗らないだろうし^^;
 まぁ、いずれにしても皮肉ではある。
 とにかく、天使からカウンタックが出る時点でノックアウト。
 
 ということで(なにが^^;)、やっぱり、車体は絶対、赤!

2010/10/30  | trackback(0) | comment(0)


086:恵 より

 またもコラボで。
 ええ、もちろん、始めて知りました、「恵存」。(とほほ^^;)

恵存と揮毫せし吾山積の自叙伝をやや後悔している
此花壱悟 (此花帖)

「恵存」と扉に書きし歌集なり 105円棚に下ぐれど売れず
FOXY (ぎゃらりーFOX通信)  

 此花さんの歌の主体はなんと自叙伝を出して「恵存と揮毫」しちゃったわけだが、山積みの本を前に「後悔している」。恵存しかも「揮毫」だから謹呈用だろう、さて、書いたはいいが落ち着いた頃に冷や汗たら~、みたいな?
 熱に浮かされるとはずかしいこともできちゃう、つまり、恵存なんて書くのははずかしい、と作者は考えているのだろう。
 
 FOXYさんの歌の主体は古本屋さん(か勤めている人)で、「歌集」だったりする。さらに超特価に格下げされても売れ残っている。皮肉やねぇ。短歌をやっている人はみな、歌集は売れんと思っているみたい。さらに、「「恵存」と扉に書きし」という、もうこれって当てこすりとしか思えん。
 ただしこの歌、謹呈に決まってるんだから、主体ではなくこの歌集を売った人が浮かび上がるわけで、そんな人に贈った作者が哀れという三段構え。
 
 ……あ、そうか、そういう意味で此花さんの歌に続くのだっ!(エンドレスかよっ
 と思ったが、此花さんの歌、「後悔している」のは恵存ではなくて自叙伝そのものか……?(毎度毎度読みが浅くて申し訳ない)

2010/10/30  | trackback(0) | comment(0)


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