らくだはお気楽
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100:止 より

体内の機能が静止したときに聞こえたダブルクリックの音
壬生キヨム(ぼくはこんなことが好き。

 コンピュータか!
 いや、マジで^^;
 「体内の機能が静止」している状態は、コンピュータならスリープ状態?通常アイドリング状態の時は、バックグラウンドで何かしら動いているし……ただ、停止でなく静止だから、アプリケーションを立てていない状態なら当てはまるかも。

 そして、それを人間に当てはめるなら、やっぱり寝ている状態だろうか。
 コンピュータなら聞くかもしれない「ダブルクリックの音」、自分が寝ている時に誰かが自分の体を【遠隔操作】するかのような感覚とでもいうか、なんかそういうSFホラーっぽい読後感だった。
 
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2014/07/31  | trackback(0) | comment(0)


099:文 より

文字たちは乾きおそれて熟語なす 人間でいることに懸命
平野十南(幼稚

 「文字たち」は熟語をなさないと乾いてしまうのか?
 この不可解な、隠喩的だがこのまま読みたい上の句と、下の句の切羽詰まった感じが、何とも奇妙に響き合う。
 文字たちが乾きを恐れるように人間でいるために必死に何かしている、その何かは、文字が「熟語なす」のと同じということか。

 それとも、人間は文字たちとはちがって、孤独でも乾いたりしない、あるいは乾きを恐れない、だから逆に「人間でいることに懸命」になるのか。
 そうすると今度は、懸命にならないと人間でいられない、ということに…………?

 ……そういうことも、あるかもしれん。

2014/07/31  | trackback(0) | comment(0)


098:濁 より

突堤の切れ目が海であることを濁った水は知らず出てゆく
風橋平(劇場*491to31

 比喩と読むと身の程知らずな文章になりそうなので、言葉通り水の歌として。

 突堤の先が海だと知らないことも、濁っていることも水のせいではない。
 海はただそこにあり、水はただ、流れるままに海に「出てゆく」。

 水を濁らせたものが悪いのだ。

 ……どっちに読んでもそこに行くから同じなんだけど。

2014/07/31  | trackback(0) | comment(0)


097:証 より

証するもの悉く塵にして風のありかを知らせる手紙
莢(歩数

 訣別の手紙、だろう。
 「証するもの」は何一つ残したくなかったのに、「風のありか」は知らせたい、そこに若干の未練あり、か?
 もちろん、「風のありか」であって主体の居場所が分かるわけではないのだろうが、風のたよりとも言うように、なんとなく主体の現在が相手につたわるようにはしている、という、そんな感じを受けた。

 ただ、この手紙を受け取った時、相手は何の感慨も覚えない、そんな気がした。
 少なくとも塵にする証はあったのに、そんな一方通行ってあるかなぁ、とは思うが、あくまで個人的感想ということでご容赦^^;

2014/07/31  | trackback(0) | comment(0)


096:季節 より

君を捨て季節を捜す旅に出て空の高さを思い知る浜
流川透明(透明な竜の召還日和) 

 空が高いなら秋だね。(俳句的に^^;)
 「思い知る」ということは、気づいていなかったということで、探すまでもなく主体のまわりに季節はあったのだ。
 君を捨てる前は季節もわからないほど盲目状態だったんだろう。正気に返ってみたら無我夢中だった季節はとうに過ぎ去って、澄んだ秋の空の高さが身にしみる。まして海に来ているわけだしね。
 さてここで、捨てたと言うのは必ずしも主体からとは限らない。フラレて気持ち的に「捨てた」という場合もありと思う。(どちらかというと主体がフラれた方に読みたがっていますが^^;)
 それでも、主体が旅に出ずにはいられなかった気持ちはなんとなく分かる。

 やっぱり失恋は秋なのかしらん。
 そして失恋にはやっぱり傷心旅行なのかしらん。
 (ステレオタイプ……^^;

2014/07/31  | trackback(0) | comment(0)


095:例 より

坩堝から引き出だされた先生が息も絶え絶えかたる凡例
ロクエヒロアキ(6e) 

る‐つぼ 【坩=堝】   (デジタル大辞泉より)

 1 《「鋳(い)る壺」あるいは「炉壺」の意からか》中に物質を入れて加熱し、溶解・焙焼(ばいしょう)・高温処理などを行う耐熱製の容器。金属製・黒鉛製・粘土製などがある。
 2 熱狂的な興奮に沸いている状態。「会場が興奮の―と化す」
 3 種々のものが混じり合っている状態や場所。「人種の―」  


 この歌の坩堝がどれにあたるか、あまり厳密に考えなくていいと思う。
 先生が「引き出だされた」場所としてはとってもシュール!なのが大事。そんなとんでもないところから引っ張りだされて、「息も絶え絶え」で語るのが「凡例」という、そのナンセンスというか可笑しみというか。

 そして凡例を聞かされる生徒は、その後ワイワイと先生を囲んで坩堝の話をせがむ……んじゃないかと^^;

2014/07/26  | trackback(0) | comment(0)


094:衆 より

救済の及ばぬことに安堵して衆生は眠る多摩ニュータウン
はぜ子(ワナビーポエマー. ) 

 多摩ニュータウン、去年、団地の建て替えが完了して高層マンションになったようだ。

 「救済」とは建て替えのことだろうか。
 なにせ大規模だから、開発途上のままどんどん古くなっていく多摩ニュータウン。
 そして当然どんどん年を取っていく住人。
 建て替えることで発生する金銭的問題やら移転問題、もろもろ含めて「及ばぬことに安堵」しているのか?
 団地だけが多摩ニュータウンではないが、「衆生」という語も相まって古くなった団地がまるで墓標のように思えてくる。
 ちょっと怖い歌だ。

2014/07/26  | trackback(0) | comment(0)


093:ドア より

ドアーズをはじめて聴いた 曲線を大きな雲がゆく夏だった
莢(歩数) (現在「水のない場所」)
 
 一読、ものすごくゆったりした雰囲気の歌。
 「曲線を大きな雲がゆく」という、分かるような分からないような、でもとても魅力的な形容。

 洋楽には疎く知っている歌手も少ない私は、ドアーズを知らず、聞いたこともなく^^;
 ググってみるとロックグループのようだ。最初に感じたゆったり感と結びつかない気がした。が、それはわたしの読み間違いで、ドアーズの曲と、主体が「ドアーズをはじめて聴いた」こととは無関係なのだ。

 …………。
 感想を書き始めてまた、うろうろ迷い始めた。「だった」という過去形のせいだ。
 何かのきっかけで主体は「ドアーズをはじめて聴いた」。それが「曲線を大きな雲がゆく」と感じたこの夏のできごとだった、ということなのか、そんな夏が過ぎ去って、夏とともに何かが終わって、それで「ドアーズをはじめて聴」く心境になった、のか。

 第一印象を大事にすると、やっぱり、何かが始まってドアーズを聴くことになった、そんな夏は~という風に読みたくなる。
 まぁ……何かっちゃ恋ですが^^;
 後者の読みだと、失恋した秋の歌になっちゃうからなぁ、色が違っちゃう。
 ここはやっぱり、青空と真っ白な雲のイメージで。

2014/07/24  | trackback(0) | comment(0)


092:局 より

局留めの手紙に封じる風と砂サヨウナラからさようならまで
津野桂(くぎのスープ

 下の句に惹かれて一首選に決定。
 「風と砂」からは砂漠を連想するが、あまり暑さは感じなかった。
 砂漠から別れた人に出す手紙、だろうか。
 「局留め」ということは、宛先の人は移動中なのか。
 外国では、自宅ではなく局留めで、郵便局へ皆が取りに行くところもあったような。
 
 「サヨウナラからさようならまで」惹かれた割に読み切れていない。宛先はひとつではないのかもしれない。
 なんとなく、歌も手紙も主体も風に吹かれる砂のようで、一定の形を持たない幻のような感じがした。

2014/07/24  | trackback(0) | comment(0)


091:鯨 より

遺されたボーカロイドの声だけが鯨を呼んで訪れる朝
円(つきのこども/あぶく。

 ボーカロイドって初音ミクだけじゃないんですね。(ド素人^^;
 物語とかアニメとかゲームとか歌とか、何かを下地としているのかもしれないが分からない、けど、なんとなく気になった歌。
 人類滅亡後の世界?
 ボーカロイドの声にもいろいろあるんだろうが、どうしても高いキーの音と思ってしまう。もちろん、だから「鯨を呼ぶ」のに似つかわしいのかも。
 
 ただ海と空と(陸はあっても人はいない)、そこに電子の声。
 朝は再び訪れるけど、多分鯨もいないんだろう。

 虚無なのにきれいな感じに惹かれたのかなぁ……

2014/07/24  | trackback(0) | comment(0)


090:唯 より

うつくしき谷間の百合を語りあふ唯物論をうしろ手にして
紫苑(紫苑がさね

 哲学は苦手なんだけど……唯物論では「谷間の百合」の<美しさ>というものを考えないんじゃなかったか?

 「唯物論をうしろ手にして」、二通り読める。
 ・百合を見ながら唯物論的見方を語り合っている
 ・唯物論を学問として学ぶなり教えるなりしているが、主体としては、「観念論」的な見方になっても花の美しさは美しさとして物質と結び付けない、そんな話をしている
 だが、たとえ前者としても、「うつくしき」と詠っているところが、唯物論信奉者じゃないっぽい。

 ……つか、「うつくしき」は百合じゃなく谷間に掛かっていたりして~^^;
 (それでも唯物論的には変わらないよね?……嗚呼やっぱり哲学は苦手……orz

2014/07/20  | trackback(0) | comment(0)


089:出口 より

今生の出口ならんか炉の扉ひらくをわれら順番に待つ
原田 町(カトレア日記

 シビア~。
 「順番に待つ」意識があるとしても、自分の番がすぐそこだとはほとんどの人が考えない。
 そして、出口と言っても、自分で歩いて出て行くわけではない。否応なく、入れられ出される、それだけ。
 そういう意味で、肉体の出口といえるだろうか。
 ……そうか、「今生の出口」は煙となって出て行く煙突で、出口の入り口が「炉の扉」だ!
 いや、煙は魂の方で、肉体は結果として炉からまた出てくるのか……

 なんて考えてたら、最近は煙突もなければ煙も出ないらしい……orz
 

2014/07/20  | trackback(0) | comment(0)


088:弱 より

守るべきものを得しこと己をば強くもさせる弱くもさせる
穂ノ木芽央(白紙委任状

 例えば恋人、例えば配偶者、でもこの歌ではたぶん子どもと思う。
 母ともなれば子を守るためどんなにも強くなれる、けれど子が一番の弱みになる。
 どちらも母の愛ゆえでありまする。
 下の句のシンプルなリフレインが効いている。

2014/07/20  | trackback(0) | comment(0)


087:餅 より

一歳の誕生餅を背負わせておとな六人子を泣かせおり
美穂(たなごころ )

 知らなかったので調べたら、背負餅という行事らしい。
 「おとな六人」とは両親とそれぞれの祖父母か。今どきではどちらにとっても初孫ということは十分あり得る。みんな揃って一歳の誕生日を祝っているおめでたい景を、ちょっと違った角度から見ると可笑しい、という詠み、その視点がおもしろい。
 泣かせているといっても、いじめているわけじゃないんだけど、やっと一歳の赤ん坊に一升餅はさぞ重かろう。そしてビービー泣く赤ん坊を囲んで、もう目尻下がりっぱなし、というじじばばの幸せ。(おぃ^^;
 七歳までは神のうちともいうことだし、愛情いっぱいですくすく育っていただきたい。

2014/07/12  | trackback(0) | comment(0)


086:ぼんやり より

ぼんやりと頬杖突いているだけで考える人と言われる辛さ
鳥羽省三(臆病なビーズ刺繍 ) 

 あら~、ちょっと自慢入ってませんか?(おぃ^^;
 主体は常日頃から「考える人」なんだろう。もちろんポーズでなく、思考の人という意味。たまさか、ぼーっと頬杖ついてるだけの時も、脇から「なにか考えているんだろう」と思われてしまうほど。
 そして主体はそれを「辛さ」という。
 そうなんだ。
 私なんか逆ですが^^; うっかりぼけーっとしている時でも考えているように見えて欲しいという^^;

 それとも、「考える人」と言われること自体になにか他の意味合いがあるんだろうか?
 ……それこそ考えすぎか。

2014/07/12  | trackback(0) | comment(0)


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