らくだはお気楽
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100:題  より

「百題」のお祭りおはり朝の日にをちこち光る蜘蛛の糸かな
みの虫 (みの虫が居る「書」のぷらぷら道)

 ようやく100です。
 2006では8月にはゴールしていたので、鑑賞も9月には始めている。で年内に終えたのが34まで。2007年中に鑑賞できたのが64まで。(減ってるじゃん!これじゃだめに決まっとる)でもって、2008年は96までがんばったが結局足掛け4年である。とほほ、情けない。一年で30しか消化できないんじゃ2007はどうしよう……

 てな愚痴は置いといて。
 最後のお題は「題」、とくれば題詠の歌が多くなるのは必然。
 この歌の蜘蛛の糸はウェブということだろう。お祭りとしての題詠は終わったが、走り終えた各々のランナーのブログにはきらきら光る100の歌がそれぞれ並んでいるというわけだ。確かに、完走してみると駄作ばかりの自分の歌も可愛い分身のように思えてくる。そして、みんなの歌を鑑賞し終えて、羨ましいほど素敵な歌が一杯あって、まさしく「をちこち光る」題詠100首でありました。

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2009/01/06  | trackback(0) | comment(0)


099:刺 より

天性の詩魂ならねば菱形の自己免疫に刺され放題
謎彦 (ジャポン玉)

 ものを知らないお気楽堂ですので、調べました^^;
自己免疫……なんらかの原因で自己の体の構成成分に対して起こる免疫反応。
自己免疫疾患……本来異物(非自己)に対しての防御反応として現れるはずの免疫が、自己(細胞や組織)に対して示されて、それを排除しようと抗体を作り出し攻撃してしまう事を指す。代表的な自己免疫疾患として、関節リウマチ、全身性エリテマトーデス、バセドウ病、シェーグレン症候群などが挙げられる。

 自己免疫が菱形かどうかは分からなかったが、歌を読むには差し支えない。
 「天性の詩魂」……ないなぁ。そして頭で言葉をこねくり回しているうちに短歌の「自己免疫」に「刺され放題」となるわけである。
 謎彦さんほどの短歌が作れる人でもこんな風に思うんだ。私なんて「刺され放題」を経て「自己免疫疾患」重症患者になるではないか。
 あ、何も自分のこととは言っていないよね。苦々しく思う詠み手に対する痛烈な批判の歌かも。それなら納得である。こんな喩えで批判できる時点で「天性の詩魂」は十分持ち合わせていると思いますです、はい。

2009/01/05  | trackback(0) | comment(0)


098:テレビ より

いつか来る『ネットがテレビを飲み込む日』人は知りたいことだけを見る
(池田信夫 西和彦 林紘一郎 原淳二郎 山田肇 洋泉社)
近藤かすみ  (気まぐれ徒然かすみ草)

 21世紀になってまだ9年目でしかないが、「いつか」に既に片足突っ込んでいる気がする。
 新築戸建に入居した子供もいる家族に、新聞屋が営業に行っても取ってもらえないご時世である。私だって、学生時代に新聞をしっかり読んだとは言えないクチだが、新聞はあるのが普通と考える世代の端っこと思っている。あれば見る、知りたいと思っていないことでも少なくとも大見出しは目に入る。テレビはチャンネルが選べるとはいえ、垂れ流しで入ってくる情報というものもある。でもインターネットでは、知りたいと思わないものは見ない。これは確実に言える。たとえニュースの一覧があっても、リンクの文字は小さくて、クリックしないと大見出しには到達しない。ネットで垂れ流しといえるのは広告だけだ。
 「知りたいことだけを見る」世の中は、どこか片端な気がする。別に新聞が立派なメディアだと言うつもりは無いが、「ネットで間に合うから新聞はとらない」という考えはちょっと違うと思う。

2009/01/05  | trackback(0) | comment(0)


097:告白 より

告白を黒糸で綴じ前を向くもう楽になどなれなくていい
星川郁乃 (Air Station)


 告白とは自分が楽になるためのもの――なるほど。そう言われれば少なからず身に覚えあり。
 そしてこの歌は、楽になる道は選ばないと決めた決意の歌である。「もう楽になどなれなくていい」という心境はやや捨て鉢にも感じられるが、楽じゃないと分かっている道を行くというその決意には拍手を送りたい。いろんなことを分かっていてごっくんと飲み込んで沈黙を守るというのは確かに楽じゃない。時には自分が非難されることもあるかも。でもきっぱり前を向いて歩いていってください。

 2題続けて同じ作者の歌を選んだのは初めてかしらん?

2009/01/04  | trackback(0) | comment(0)


096:器 より

ふさわしい器はほかに見あたらず携帯メールにさみしさを盛る
星川郁乃 (Air Station)

 このお題は好きな歌が多くてお気楽選歌もかなり強引に絞ったので、残ったものは結構濃密なのだが、一首選はいわば今時のこの歌。「ブログ全盛」も既に古くなってネットもケータイが当たり前のご時世、それでもこんなに孤独でさみしいのか。ほかに器が見当たらないというのが古い世代にはさらに寂しい。「さみしさ」さえもお手軽な感じがしてしまう。
 せめて電話……出来ないところがさみしい所以か。

2008/12/30  | trackback(0) | comment(0)


095:誤 より

誤答にもレベルのありてエンマ帳に各設問の評価を記す
太郎 (桑原憂太郎.com)

 桑原さんは先生だそうだ。
 同じ間違えるにしてもレベルがある、という見方は教える側ならではだと思う。途中までの考え方は合っているが結果はまちがっている、というような場合と、考え方がそもそも間違っている場合では評価が違う、というわけだ。確かに、高校時代の数学のテストでは△という採点があったのを思い出す。
 生徒に対する愛情が垣間見える。えんま帳という言葉もなんだか懐かしい感じ。

2008/12/27  | trackback(0) | comment(2)


094:流行 より

急行と各駅のあと流行が三番線を通過していく
中野玉子 (薔薇がなくちゃ生きていけない)

 あらー、通過しちゃうのね。
 でもなんか分かる、その感じ。自分のいる駅(位置)には止まってくれなくて目の前をただ通過していく「流行」。まぁ、のんびり各停で行くからいいや、とは思っていても、毎度毎度ただ通過されるのはちょっとかなしいかも。流行の前に発車している各停もどこかで追い越されるのかと思うとなおやるせない。
 別に流行に乗りたいわけじゃないんだけどね。っていうと強がりに聞こえるか。乗らないのか乗れないのか、そこらへんを「通過」で上手く表現していると思う。

2008/12/21  | trackback(0) | comment(0)


093:落 より

兵馬俑ならぬ吾が身のまんなかを週に一度か二度の落石
謎彦 (ジャポン玉)

 どう読めばいいのか実は分かっていないのだけど、謎彦さん独特の皮肉っぽさがあって好き。
 兵馬俑といえば副葬品の人形で、そうでない吾が身とは生きているということで、そのまんなかに週一で落石――胆石か?ってンなわけないだろうなぁ。
 なにか暗示しているような、だから落石もなにか別の意味があるような。
 からだの中に落石があるっていうだけでもインパクト大なのに、さらに兵馬俑。はぁ、頭膿んじゃう。(←ばか丸出し)

2008/12/21  | trackback(0) | comment(0)


092:滑 より

ぶら下がる滑車もヤツも重すぎる「考えないものとする」はずの
ワンコ山田 (歩道を走る自転車のこども)

 懐かしいなぁ、数学は結構好きだった。
 「~を求めよ。ただし、xxは考えないものとする」、そして現実には「考えないものとする」では済まされない数値がいろいろ出てくるわけで。
 永遠に的に届かない矢なんてのもあったなぁ。
 というように、脳ミソの珍しい引き出しを久しぶりに開けてくれたこの歌を一首選に。

2008/11/27  | trackback(0) | comment(2)


091:砂糖 より

甘い嘘潜めておりぬ砂糖壺 少女の顔で二匙掬う
ことら (ことらのことのは)

 砂糖に甘い嘘は付き過ぎかなぁと思いつつ、でも砂糖壺って漢字で書くと、昔祖母の家で見た黒っぽい陶器の入れ物を連想して、あれならなにか潜んでいそうだなぁと思う。しかも、潜んでいるのではなく、少女の顔をしている少女ではない人が、潜めているわけで、しれっと二匙掬うあたり、なんだか、にっこり笑って毒入りリンゴを差し出す魔女のようだなぁ、なんてアブナイことを考えてしまった。うーん、女っておっかないのねぇ。

 久々のコラボになるが、

90の真実10の嘘を混ぜ砂糖の毒をまぶして男
夜さり (夕さり夜さり)

 こちらは、嘘と誠の上に砂糖の毒をまぶすと男になるという。でもそれは女の目線なのだ。当の男は10の嘘を混ぜていることも自覚していないかもしれない。
 男の目線からは、女が隠している嘘やら毒やらはどう見えるのだろう。それから少女の顔の下の本音は。(でも、どっちの歌も、女に見えていることを男は分かっていない、ばかだねぇまったく、という感じがするんだけど)

2008/11/23  | trackback(0) | comment(0)


090:匂 より

路地裏の秋刀魚の匂い町じゅうに知ることのない日常がある
ぱぴこ (テクテク)

 非常に馴染みのある匂いとさめた目線というコントラスト。秋刀魚の匂いと言われて分からない人はいないだろう、という「日常」な匂い。路地裏というと家も人も密集しているイメージがあり、でもちょっと自分の馴染みではないイメージもあり。
 たとえば東京タワーのように高いところから夜の街を見下ろして「灯りの数だけ人生がある」と思ったことが、誰しも一度くらいはあるんじゃなかろうか。でもそれより、夕暮れの町なかを歩いていて、匂いによって自分とは縁のない人の生活に思いを馳せる、という方がリアルというか、生きている感じがする。

2008/11/21  | trackback(0) | comment(0)


089:無理 より

その横に在るためならば無理じゃないハイヒールにも骨生やしゆく
彼方 (心を種として)

 これはねぇ、かつて一度は乙女だった女としては、よーく分かる。
 おしゃれなハイヒールも長時間履いて歩くのは苦痛だけども、そこが乙女心なんだよね。彼のほうが背が低い場合はこの際おいといて(また別の悩みになるからねぇ)、ハイヒールにも骨を生やしてしまうとは根性入ってるよ。ガッツだぜ!(古っ)と応援したい。
 そのうち、頼まれたってベタ靴かスニーカーしか履かなくなる元乙女に……ならないようにね^^;

2008/11/02  | trackback(0) | comment(0)


088:銀 より

水銀に熱のいちぶをわけながら目蓋のうらへ呼び起こす雪
笹井宏之 (【些細】)

 体温計をモチーフにした歌はいくつも見られたが、中でも笹井さんの歌は美しい!
 体温を測るときって(私の世代はもっぱら腋下だったが)、何となく自分で自分を病人扱いする感じがあった。大した風邪じゃなくても、七度五分がせいぜいだったりしても、大層な病人の気分で。
 この歌はそんなずる休みしたがりではないので、「目蓋のうらへ呼び起こす」という表現にすごく浮遊感というか、ホワイトアウトするような感じが出ている。雪だから白っぽく感じるのか、熱に浮かされるときは白くなるものなのか。水銀に一部を分けてもそう簡単に下がらない熱、ずる休みしたがりは時々あこがれたが、現実には寝ていても辛いのだ。健康であることをもっと感謝しなければ。

2008/11/02  | trackback(0) | comment(0)


087:朗読 より

改造をはたして「冴子先生」がおれの短歌を朗読する日  
謎彦 (ジャポン玉)

 朗読と聞くと殆どイコールで文学をイメージするのは、私だけ?
 以前はあまり好きではなかったが、一度作家が自作を朗読する会に参加して、ああ、朗読っていいなぁと考えを改めた。ただ、自分ではやったことがない。あ、小中学校の国語の授業とかは別である。あれは読み上げだもんね。
 で、朗読。しばらく時間が空いたので、再度見直すうちにどんどん減ってしまったが、好き度が高い歌ばかり。その中で、なぜ「冴子先生」を選んでしまったのか?一番の理由は、謎彦さんの歌で「自分」を出しているものはめずらしいなぁと思ったからである。もちろん、「おれ=謎彦さん」と断定する必要はないのだが、自宅のコンピュータの、しかも天下のマイクロソフトを「改造」して自作の歌を読ませてちょっと悦に入っている図(もちろんあくまでフィクションですので、「冴子先生」は朗読しませんが)というのは、へぇ、と思えてしまったのだ。
 相変わらず、目のつけどころがシャープでしょ?(おいっ!

2008/09/01  | trackback(0) | comment(0)


086:メイド より

メイドオブボーン たしかそのへんに産み損なった子がいたんだが
水須ゆき子 (ぽっぽぶろぐ)

 メイドは難しかった~。
 さて、その中でこの一首。
 「産み損なった子」というただならぬ言葉に最初はぎょっとしたが、骨で作るったらイヴよねぇ。又の名を(笑)アダムの肋骨。イヴの末裔としての人間は神から見たら「産み損なった子」と言えなくもない。
 「たしかそのへんにいたんだが」っていう不安定な終り方がまた、出来損ない感が出ていてなんとも。骨製のダメ人間が、自分勝手にあっち行ったりこっち行ったりして、地球にはびこって来たってことか。
 なーんて、聖書も読んだことない分際で語っちゃいけません、たはは^^;

2008/04/13  | trackback(0) | comment(0)


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